今日の日記は、人によっては気分を害するかもしれません。
しかし、これはいわゆる家族の問題なわけで。
問題の根本は複雑なのです。
先日、祖父が亡くなりました。
享年95歳くらいかな・・・?
わたしは実は正確な年齢を把握していません。
今年の春に体調を崩した時、施設から病院に運ばれたのですが、家族が入院手続きをしないとベットで寝れないので、廊下に車いすで寝かせておくのはかわいそうなので、わたしが入院手続きに行ったのでした。ちょうどそのとき、母は大学時代の友人とヨーロッパ旅行中で父は東京に不在、兄は仕事中だったので、休日で学校がないわたしが行ったの。
この入院手続きをしたとき、久し振りに祖父に会いました。
わたしが小学生の高学年のときに老人施設に入居し別居していたので、あんまり会っていなかったので。
実に8年ぶりくらいの再会をこのときにしたわけなのですが、久々に会った祖父はいつのまにか歩けなくなっていて、痩せこけていて、すでに会話はできなくなっていました。
このときが、わたしが最後にみた祖父です。
祖父は若い時に群馬から東京に出てきて、お勉強はできたけど、性格は悪い・・・ というか、悪知恵を働かせ、嘘を積み重ねてきた彼は晩年になってから、完全に家族から見放され、結局、お葬式はしていません。もともと葬式はしない、と父は言っていたので、驚いてはいませんけど。
数年前に献体登録を済ませてあるので、遺体は既に都内のとある大学にあります。
ちなみにわたしの大学ではございません。
来年もしくは再来年あたりの入学生が解剖することになるんでしょうか・・・?
これが祖父の生き方だったのでしょう。
自分はこういう生き方はしたくないな。
家族に愛されて死にたい。
もし家族がいるなら。
何を望み、何を優先させて生きるか。
これって一生の課題なのではないでしょうか・・・?
いつだったかな・・・
高校生のとき、電車でくりすてると下校中に『祖父はわたしが誰だかわかっていない』と実感したエピソードを話していたのですよ。中学生の時に施設にいる祖父に会いに行ったら、なんだかトンチンカンなことを言われたのでね・・・
わたしの話をきいてくりすてるは
くりすてる 『もしおばあちゃんがうちのことをわからくなったらほっぺたたたいて思い出させるー』
って言ってたような。
これは決して暴力をふるうとかいう話ではなくて、忘れられたら悲しいという意味。
ちなみに、わたしは祖父に忘れられて、笑いましたけど。
その『忘れらているエピソード』を両親&祖父の子供であるわたしの叔父や伯母に言ったら、みんな笑ってました。
みんな自分のことを忘れられても、不思議と悲しいという感情が湧いてこないんですよ。
でも、ふつーなら、くりすてるの反応が普通なんじゃないかと。
人に忘れられるって悲しいことだよね・・・
いくら高齢だからとはいえ。
一応家族だし。
とりあえず、祖父へひとこと。
死んでまで、ばーさんと喧嘩しないように。
別にわたしもばーさんのことが好きじゃないけど。
わたしは可愛がってもらったことは一度もないし。
献体として役目を果たして戻ってきたら、ちゃんとうちの一族のお墓に入れてあげるから。
くれぐれも、ご先祖様に粗相のないように。
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